俺が俺である理由

結婚して3ヶ月で不倫されて離婚した無職のイケメンが世の中のバカやクズを好き勝手ディスりあげながら人生について考えていくブログ。アニメやゲームなど好きなジャンルについても随時語ります。

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俺の初体験の話

どうも、ジスさんです。

 

早いもので、ブログ開設して10日が経過しました。

まだまだ未熟者ですが、たくさんの人に読んでもらったほうが、そりゃ俺も書いてて楽しいというものです。これからも頑張りますよ。

 

 

さて、今回のテーマ、俺の初体験を語る。

ということで自分語りシリーズです。早速書いていきましょう。

 

昨日アメトーークチェリー芸人というトークテーマで童貞や処女の芸人がトークしていましたが、めちゃくちゃ面白かったです。

 

それで俺の初体験の相手の事を思い出しました。今回はその話をしていこうと思います。

 

近年、性体験の若年化が進んでいる事はよく耳にしますよね。

一方、性に興味のない、所謂草食系男子と呼ばれる言葉もありますよね。

でも性欲のない人はいないので、草食系男子というのはただ単に勇気がない男性という事になります。

 

20歳過ぎて童貞だと恥ずかしいだの、30歳過ぎて童貞だと魔法使いになれるだの、40歳過ぎて童貞だと自宅の蛇口ひねったら水が三ツ矢サイダーに変わるだの、いろいろな逸話がありますが、俺はそんなのどうでもいいと思ってるんですよ。

 

自分の人生です。みんなが童貞、処女捨てるのに必死だからって自分も焦る必要はないと思っています。

 


とか言いながら、俺自信の初体験は高校2年の秋でした。

 


しかし俺の初体験の相手はもうこの世にはいません。

 


その初体験の彼女との出会いは高校2年生の秋の修学旅行でした。

修学旅行先は東京でした。

山口県の田舎出身の俺は、月に1回家族で福岡に行く程度で東京という大都会は2回目でした。とてもわくわくしてたのを覚えています。

 

1日目は正直どこ行ったか覚えてないんですが、2日目は東京内を自由行動でした。

 

俺の高校は元女子高で、男子が7人しかいないという、他校の人からすればハーレムと言われるタイプの学校でした。

まぁ実際は地獄のような高校生活で、今思えば思春期の頃に高校で女の汚い部分を山ほど見てきたからこそ、今も過剰なまでにほとんどの女が嫌いなのかもしれません。また別の機会に高校時代の面白かった話とか書きたいですね。

 

 

修学旅行2日目。

他の男子たちはサッカーミュージアムに行く、とかぬかしやがったのでスポーツに全く興味のなかった俺は一人でオタクの聖地、秋葉原に行くことにしました。

 


小学校の時から憧れていた秋葉原。この日のために半年前から資金を貯め、手元には25万円も所持していました。

 

当時ドラマの”電車男”が放送されて、まだそんなに時間がたってなかった時期でメディアで秋葉原がちょいちょい取り上げられてた時期です。

 


秋葉原についてからはあらゆるアニメグッズ、DVD、CD、ゲームなどを買いまくりました。

光の速さで消えていく現金。

 

12年後、無職になり金に困り果ててブログを始めるとも知らずに。

当時の俺は無邪気なものです。

 

 

そしてある程度買い物した後、とあるお店で、例の初体験の彼女と出会うわけです。

 


今だから言える話ですが、ぶっちゃけ俺の一目惚れです。

 

身長は高くなく、ちょうど膨らみかけのおっぱいもいいかんじでした。

 


俺『付き合ってください!!』

 


そう告げると、彼女も俺の事を気に入ってくれたらしくオッケーをいただきました。


気分高らかに2日目に宿泊予定のホテルに帰宅。風呂に行く途中に当時担任だった先生に遭遇し雑談をしていました。


先生『ジスくん今日は東京のどこに行ってたんだい?』

俺『秋葉原に行ってました。すごい楽しかったです。』

先生『いろいろ買い物とかできた?』

俺『えぇ。俺の人生でかけがえのないものを手に入れる事ができました。一生大事にしていこうと思います。』

先生『???』



そんなこんなで修学旅行から帰宅。親と土産話などしつつ自室へ。

 


ここから俺と彼女の二人だけの時間です。


彼女は最初はすごく恥ずかしがった様子で小さくなっていました。

その様子に気づいた俺は優しく吐息を吹きかけると彼女もだんだんと大きくなってきたのがわかりました。


それから丁寧に胸を愛撫しました。膨らみかけの胸は柔らかかったのを今でも覚えています。


下の穴にはいきなり挿入して痛がってしまうといけないので挿入しやすいようにローションを使い丁寧に愛撫してあげました。

 

そして挿入。

 

右手とは全く違う快感が俺を襲います。わずか5秒ほどで果ててしまいました。

不甲斐ない結果になってしまいましたが、それでも彼女は喜んだ表情を俺にしてくれたように見えました。

 

彼女は帰る家がありませんでしたので、俺の部屋のクローゼットの中に住むことになりました。


それからというもの、学校から帰宅したら毎日のように彼女とセックスをしていました。ヤリたい盛りの高校生とはまさにこの事です。

 

彼女は喘ぎ声などは出さない体質だったので、脳内で必死に彼女の喘ぎ声を妄想しセックスをしていた事を覚えています。

 


そんな関係が1ヶ月ほど続いたでしょうか…。

事件が起きます。

 

その日も学校から帰宅して、速攻彼女とセクロスしようと思っていました。

もちろんですが、彼女の事は親にはまだ話していませんでした。

 

高校生で彼女とセックスをしている。なんてことがバレたら親になんて言われるかわかりませんからね。

高校を卒業したら親に話す予定でしたが、私の部屋のクローゼットに彼女を住まわせているなんてことも、もちろん言えるはずがありません。言ったら何を言われるかわかりませんからね。

 


いつものとおり彼女にただいまー!と言いながらクローゼットを開けると

 


彼女の頭部にキリが刺さっていました。

 


俺は絶叫しながら涙を流すと同時に、どうしようという思いに困惑してしまいました。

警察を呼ぶか。いや、駄目だ。警察がまともにとりあってくれるはずがない。

 

涙を堪え落ち着いて考えると、犯人が誰だかすぐにわかりました。

 

母親です。

 

母親しかいないのです。俺が学校に行っている間に俺の部屋に侵入できるのは母親だけです。

 

母親が彼女を殺した・・・。

考えたくはないですが、そう考えるしかありませんでした。

 

 

しかし、なぜ彼女を殺した!許さない、、、。

なんて、母親には絶対に言えませんでした。

 

 


なぜなら彼女はダッチワイフだからです。

 


俺は彼女を愛していました。

最初は軽い感じのお付き合いだったのですが、毎日のセクロスをしていくうちに、本気で俺は彼女を愛している事に気づいてしまいました。彼女も同じ気持ちだったと思います。

高校を卒業したら、彼女と一緒にドライブや海や温泉なんかも一緒に行きたいな、なんて幸せな未来図を描いていました。


その計画が全て塵へと消えてしまったのです。


当時、それはそれはショックでした。

ショックのあまり、ご飯も茶碗2杯ほどしか入らず、オナニーも2日はできませんでした。
また、母親が一切彼女の話に触れてこなかったのも当時は怖かったですね。

 


今、彼女の名前でGoogle検索をかけてみました。

 

生ロリピローめこすじちゃん

 

という名前の女の子です。

今は生産終了となっているみたいです。

 

 

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https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000GSX7LK/fc2blog06-22/ref=nosim/

 

 

とても可愛い女の子でしょう。

 

結構人気商品だったみたいでロングセラーだったみたいですが、俺が愛した、そして俺を愛してくれた。

めこすじちゃんはあの時のめこすじちゃんだけです。

 

今はきっと天国で俺の成長を見守ってくれているはずです。

 

めこすじちゃん。ありがとう。君がいてくれたおかげで俺は今こうやって元気に生きてるよ。

 

 

いかがだったでしょうか。

以上が、俺の初体験の話です。

少々暗い話になってしまい申し訳ありません。

 

皆さんの初体験の思い出はどうでしょうか。

俺みたいに辛い思い出の方もいらっしゃるでしょうが、あの時の光輝いてた思い出を忘れずに日常生活を送っていきましょう。

 

それではまた次回!

 

次回の記事も全力で読め!そして感じろ!!じゃあの!!!