俺が俺である理由

結婚して3ヶ月で不倫されて離婚した無職のイケメンが世の中のバカやクズを好き勝手ディスりあげながら人生について考えていくブログ。アニメやゲームなど好きなジャンルについても随時語ります。

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【ネタバレあり】トイストーリー4観てきたから感想とか考察書いていくぞって話

どうも、ジスさんです。

 

先ほど本日公開された映画、トイストーリー4を観てきた故ネタバレありで感想書いていきます。

観に行った後酒呑んで帰宅してからそのまんまこの記事書いてるから誤字あったらスマソ。

 

 

 

ネタバレばんばんありで書くのでまだ観てない人、これから観に行く人は観ない事を推奨。

 

 

 

トイストーリー4

 

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ご存知ディズニー映画の大人気シリーズ、トイストーリーの第4作目だ。

前作の3が2010年公開なので実に9年ぶりの新作となる。

 

前回の大人気を博した3のテーマが成長と別れなら今回のテーマはずばりおもちゃにとっての幸せがテーマであろう。

 

 

あらすじ

 

物語は3の続きにあたる。

アンディからおもちゃを譲り受けたボニーの家からスタートする。

毎日のようにおもちゃで遊んでいるボニーだが、最近はウッディで遊ぶ頻度が減っていた。それにウッディは悲しさを覚える。

 

ボニーは新しい幼稚園に通う事になったのだが、そこでボニーはあまり馴染めない様子。そんな中ボニーは幼稚園の工作でプラスチックの先割れスプーンにアイスの棒を足につけたおもちゃ、フォーキーを作る。

 

ボニーは自分で手作りしたフォーキーにとても愛着を持ち可愛がる。

フォーキーは自分の事をフォークとして使われたらすぐにゴミとして捨てられる事を理解しており、自分の事をゴミだと思い込んでいる。

そういう理由から事あるごとにゴミ箱に入りたがる。

 

それを見かねたウッディはフォーキーがゴミ箱に入らないように監視する事に。

ボニーにとって今彼女を幸せにできるのは、心の支えになるのはフォーキーだとウッディは理解しているからだ。

 

そんなこんなでボニー一家は旅行に出かける。

もちろんフォーキーやウッディたちも一緒に。

その移動中、フォーキーはやはり自分がゴミだと思い込んでいるため車から逃走。

それを追いかけることにしたウッディ。

そしてウッディたちの冒険が始まるのだ。

 

 

 

感想と雑感

 

ここからネタバレバンバンあり。

感想というか勝手な俺の考察。

 

・ウッディの思想

 

人間と一緒でおもちゃにも成長がある。

これはトイストーリーシリーズ全般に言える事だが、今作のウッディは最初から中盤まではその成長が空回りしている。

 

それは悲愴感や嫉妬からきたものであろう。

 

アンディはウッディの事を一番大事にしていた。

だからウッディはアンディ家のリーダーで他のおもちゃをまとめたりしていたのだ。

 

 

しかし今はどうだろう。

ボニーには遊んでもらえずクローゼットの中。

ボニーは自作したおもちゃ、フォーキーに夢中だ。

 

ウッディはアンディに遊んでもらっていた自分と、ボニーが遊んでいるフォーキーを重ねているのだ。

だからボニーには自分ではなくフォーキーが必要だと思う。

 

しかしフォーキーは自分の事をゴミと思っている。

そのフォーキーの考えを改めさせるために行動をするのだ。

 

ウッディが空回りしていた理由は、今回のテーマであるおもちゃにとっての幸せをウッディ自身が理解していなかったからだ。

劇中の後半でウッディは皆から勘当されるシーンがある。

 

それでもフォーキーをアンティークショップからボニーのもとに返すために奮闘するのである。

皆から勘当されても勇敢に立ち向かうウッディの気持ちは、今までアンディに愛されて育ってきたウッディだからこそ持った気持ちだと思う。

俺はウッディの姿勢は間違ってなかったし勇敢だったと思う。

 

 

・ボーとの再会

 

今作は2ぶりにボーが登場する。

というか今作のメインキャラの一人だ。

 

ボーは3では姿を見せなかったが彼女はさまざまな持ち主に譲渡されていき、ついにはアンティークショップに売られていた。

 

それに疲れ果てたボーは、本来持ち主に遊ばれるのが目的であるおもちゃの本来の姿を捨て外の世界で生きる事を選ぶ。

 

そしてウッディと再会する。

 

 

おもちゃは持ち主に遊ばれる事、そして持ち主に愛されるこそが幸せだと主張するウッディだが。

 

 

 

・今回の敵、ギャビーギャビー

 

正確に言うなら敵ではないが。

 

ギャビーギャビーはアンティークショップでずっと持ち主を待ち続けている人形だ。

 

ギャビーギャビーは元から音声が壊れている。

同じ音声回路を持ったウッディ。ウッディの音声は壊れていない。

その音声回路を奪おうとする。

音声さえ正常ならば持ち主が見つかる。私に持ち主が現れないのは音声が壊れているからだと思っているのだ。

 

 

実際ギャビーギャビーはフォーキーからウッディの過去の持ち主、アンディの話を聞くシーンがある。

そこで持ち主が見つかった時の楽しさ、おもちゃにとって本来の幸せを妄想するのだ。

 

 

そしてウッディはギャビーギャビーに音声回路を渡す事を決意する。

 

この時のウッディの思考は今の持ち主ボニーには、自分ではなくフォーキーこそが一番大事だと思っている。だからこそもうこの音声回路は必要ない。と思ってギャビーギャビーに渡したのだろう。

 

この時からウッディのエンディングでの決断を決めていたのかもしれない。

 

 

ギャビーギャビーの結末については省略するけど、すごくいい話だ。

 

たとえゴミであろうと、誰にも相手にされなかろうが、必ず誰かが手を差し伸べてくれる。

 

これは人間社会にでも同じような状況はある。

そんな心温まる話だ。

 

 

自分をゴミだと思っていたフォーキー。そして自分がゴミであると悟ったギャビーギャビー。彼女らは似たもの同士なのかもしれない。

だから惹かれ合うのかもしれない。実際仲のいい描写も描かれていた。

 

ギャビーギャビーが音声を手にし、最初に持ち主になる可能性が合った少女(名前わすれた)にいらないと言われ捨てられる時。そこでもフォーキーは彼女を見守っていた。

頑張れ!と応援していたに違いない。

 

 

・エンディング

 

こういった物語の中から最終的にウッディはボニーの元には帰らず、ジェシーやバズに別れを告げ、ボーと共に生きていく事を決める。

もっと言うなら持ち主のいないおもちゃになる事を決断する。

 

これに関しては驚き、というか賛否両論別れそうな結末だ。

俺はてっきりボーや他のおもちゃたちもボニーの持ち主になってハッピーエンドだと思っていた。

 

そこに関してはいい意味でも悪い意味でも期待を裏切ってきた。

 

個人的に言うなら、またみんなで一緒に生活を望んでいたが冷静になって考えるとこれはこれでよかったのかもしれない。

 

バズが最後にウッディに言うセリフ。

 

 

ボニーは大丈夫だ。

 

 

このセリフは単純なようでかなり深い。

ボニーには今はフォーキーがいるとはいえ、一度はウッディも可愛がってもらった持ち主、それがボニーだ。今まで持ち主のいないおもちゃになった事のないウッディは多くの葛藤があったであろう。

 

それをこの一言で、ボニーにはフォーキーや俺たちがいる。だからお前は心配しなくていい。自分が選んだ道を行け。そういうメッセージが含まれているのではなかろうか。

 

 

 

そしてウッディはボーたちと共に、持ち主を探しているおもちゃの手助けをしながら、自分がまた誰かに愛されるために歩み始めるのだ。

 

 

そう、オモチャにとってはやはり誰かに愛される事こそが幸せなのだから。

 

 

みたいな感じですかね。

ちょっと眠すぎて後半何書いてるかよくわかんなくなってきたけど。

 

 

総評するとやはり面白かったです。

他の人の感想見てないからわからないけどエンディングはやはり賛否両論ありそうだがいかがだろうか。

 

 

てか、この流れだと5はあるだろうね。

 

5はフォーキーたちがメインでウッディやボーたちと合流してまた冒険するのか。

もしくはウッディとボーの子ども(ウッディたちが旅してる途中に出会った小さいオモチャがいてそのオモチャがウッディをパパ、ボーをママって言うから二人の子どもとして育てる事にした事実上の子ども)の3人が主役の家族愛をテーマにした続編とかだったら面白いなぁという勝手な妄想。

 

 

ここまでこの記事見た人は4を観た人だろうから是非みなさんの感想なども聞いてみたい限りです。

 

ではまた。

 

次回の記事も全力で読め!そして感じろ!!じゃあの!!!